「望月しょうせいどう」の美肌と健康情報

「皮ふは内臓の鏡」といわれます。このサイトは、家族全員「素肌美人」をめざして、トータルな健康美を提案してまいります。

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かぐや姫の手紙

Author:かぐや姫の手紙
霊峰「富士山」を仰ぎ見るJR富士駅前商店街で、薬屋を開業して105年。
「皮膚・漢方・サプリメントの専門店として地域の元気を応援しています。
自律神経失調にお悩みの方、アトピー・アレルギー・イボでお悩みの方ご来店下さい。
お悩みに応じた様々なスキンケア化粧品を数多く揃えております。

※『健康情報』などは、店主tasogareが担当。
※『スキンケア情報』などは、fuji・bijinが担当しています。

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小雨降る3月25日、知り合いの方の車で富士根北中学校脇のカタクリの群生地に連れて行っていただきました。
一度は行ってみたかったので、大感激でした。

カタクリの群生地   富士根北中のボランティアさんたち
遠目には枯葉が一面に敷きつめられた感じ・・。 富士根北中のかわいいボランティア女学生さんたち

カタクリの花2
よく見ると、可憐なカタクリの花。
この日は、曇っていて肌寒く、こんな風に花は閉じてうつむいています。

カタクリの花1
丘陵地の上の方は、花が開いてきていました。
もう少し陽が当たれば、クリッと花弁が開くのでそうね。
友人のやまぶどうさんのブログには、開花した映像が載っていました。
「やまぶどうの徒然日記」カタクリの花①⇒ 
                   カタクリの花②⇒

富士根北中学校パンフレット

ボランティア女学生さんたちが配っていたパンフレットです。
富士根北中では、カタクリ保護活動をしたり、フォレストセイバー(森林保護)活動を総合学習で取り入れ、
また、地元に鎮座している「村山浅間神社」の富士山入山式に参加。
毎年1年生の男子が水垢離を、2・3年生男子の一部が修験者姿になり護摩炊きの体験をするそうです。
地域の歴史をしっかり学ぶ姿には、感銘を受けました。


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2013/03/26 11:33|薬用植物TB:0CM:2
富士市交流プラザ二階ホールで、「富士山の日記念・絵手紙展」を開催しております。
富士市交流プラザ

富士市交流プラザエントランス
一階フロアーには図書館、二階は会議室や音楽会なども開催できる大きなホールもあります。

交流センター二階
さあ、お二階へどうぞ!
車椅子でも大丈夫。エレベーターも完備しています。

絵手紙1.
作品の数々。
あなたの作品も見つかるでしょうか?

絵手紙2


絵手紙3


絵手紙4

絵手紙5
望月順子先生の絵画教室の子供さんたちの絵。いつも色使いがいいですね。

絵手紙6

絵手紙7

絵手紙6


絵手紙7


絵手紙8


絵手紙9

絵手紙10

また、来年開催できますように!


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一度お参りしたかった地元の「いぼ神様」とも言われる「かさ守稲荷」。
たまたま義母を車椅子に乗せ歩いていると、赤い幟がたっていましたので縁日のようでした。
調べてみると、二月の二の午の日には、かさ守稲荷さんを奉じ、お赤飯を配る慣わしがあると、「ふるさとの昔話Ⅱ」に書かれていました。
本市場公会堂
本市場(もといちば)公会堂のすぐ脇に、きれいに整備されたお社が鎮座していました。

本市場かさ守稲荷
幟には「瘡守稲荷」と書かれています。
瘡とは、皮膚のできもの、はれもの、傷をした時のかさぶたの事ですが、かつては天然痘なども指していたようです。
考えてみれば、夏目漱石も然り、明治16年生まれの祖父の話では、天然痘で顔にあばたが残っている人がかなりあったそうです。全国に瘡守稲荷があるのもうなづけます。

かさ守稲荷沿革
小さな境内の中の立て看板に、いわれが書かれていました。

かさ守稲荷
お賽銭を入れ、足元を見ると見慣れない光景がありました。

かさ守稲荷の白石
沢山の白い石が入った箱がありました。
家に帰って調べてみると、300年ほど前にこんなことがありました。

~本市場の旧東海道から、米の宮浅間神社へ行く道で、方源寺の東側に、赤い鳥居の小さな神社がありますが、土地の人々は「かさ守神社」と呼んでいます。
皮膚病やいぼができて困っている人が、この神社にお祈りすると、奇妙に全快すると、昔からの言い伝えがあります。

・・・今から300年ほど前のことでした。一人の旅の武士が、米の宮神社の参道に腰を下ろして、苦しんでいました。近所の人が「どうかしましたか?」と近寄ってみると大変な熱で、はれものが痛むということでした。そこで近所の人たちは相談して、近くに小屋をたてて、そこで静養させました。三度の食事は近所の人たちが交代で、病人の好きなものを作ってやりました。
病人は葱ぞうすいを一番好みました。後に間の宿(あいのしゅく)本市場で、葱ぞうすいが名物になったのは、これが原因だということです。
 村人たちの手厚い看護にもかかわらず、旅の武士の病気は重くなるばかり。
ある日旅の武士は、村人に、「私は西国のある大名の家来ですが、江戸上野の天王寺の横にある“かさ守稲荷”というのは、大へん霊験あらたかで、私のような病気にかかった者が、この神様にお祈りすると、かならず全快すると聞きました。私もこの病気にとりつかれてから数か月になり、何としても江戸の“かさ守稲荷”におすがりしたいと念じ、やっとここまでたどりつきまして、皆様のお世話になったのでございます。おかげさまで今日まで生きながらえてきましたが、もう私の病気は全快はおろか、明日の命さえわかりません。
 しかし、私は昨夜不思議な夢をみました。実は、その夢というのは・・・・」と、涙ながらに語った夢は、次のようでした。

痛みとかゆみをこらえて、しばらくまどろんだと思うと、夢の中に女神があらわれて、
『そなたの病気は、今が一番重いときであるが、けっして気を落としてはいけない。そなたはまことに信心深い心の正しい武士だ。そのりっぱな心がけにめんじて、病気全快の方法を教えよう。第一に日頃からそなたが信仰している“かさ守稲荷”に、一心に祈りなさい。つぎは、室の中に白い石をいっぱい敷きつめて、その上に寝起きしなさい。病気の熱はその石がすいとって、病はやがて全快するであろう。」と言われました。わたしはハッと目がさめてあたりを見回しましたが、その女神の姿はありませんでした。

夢の話をきいた村の人々は、さっそく田子の浦の海岸まで行って、沢山の白い石を拾ってきて床にしきつめ、その上に病人を寝かせました。するとどうでしょう。病は日一日と快方にむかい、数日後には歩けるほどになりました。
旅の武士は裏の小川で身体を清め、村人たちに、「おかげでこんなに回復しました。これから江戸へでて、“かさ守稲荷”に参拝して郷里へもどります。」と、ていねいに礼をのべて、江戸をさして旅立っていきました。何日かすぎて、ふたたび本市場へ立ち寄った武士は、元気で一段と気品の高い武士の姿になっていました。
「皆様の親身もおよばないお世話のおかげでこんなに丈夫になりました。これも一重にかさ守稲荷のご慈悲です。」と言いながら、ふところから取り出したのは、かさ守稲荷のお札でした。
「江戸のかさ守稲荷さんから、ご神体をお分けしてもらってきました。どうかここに祠を建てて、おまつりして下さい。きっと村の皆様をお守り下さるでしょう」と言い残して、西国へ帰っていきました。
村の人たちはさっそく、そこへ小さな祠(ほこら)を建てて、かさ守神社と言いました。そして祠の前に白い石を敷き詰めました。

その後、皮膚病やいぼがあって困っている者が、この神社にお祈りし、白い石を借りて行って、その石で病気のところを一心になでると、たちまち病気が全快しました。そしてもう一つ白い石を浜から拾ってきて、二つにしてお稲荷さんにお返ししたと言うことです。   鈴木富男編 『富士市の伝説と昔話』より

道祖神
お社の隣には、こんな可憐な石造が置かれていました。

このお稲荷さんの白い石の中にはなさそうですが、漢方でも白い石(石膏)を使います。
生薬としての石膏は、解熱作用や止渇作用などがあるとされています。石膏を含む漢方方剤には防風通聖散(肥満などに使われます)、桔梗石膏(扁桃炎や咽頭炎)など多数あります。


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