「望月しょうせいどう」の美肌と健康情報

「皮ふは内臓の鏡」といわれます。このサイトは、家族全員「素肌美人」をめざして、トータルな健康美を提案してまいります。

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かぐや姫の手紙

Author:かぐや姫の手紙
霊峰「富士山」を仰ぎ見るJR富士駅前商店街で、薬屋を開業して105年。
「皮膚・漢方・サプリメントの専門店として地域の元気を応援しています。
自律神経失調にお悩みの方、アトピー・アレルギー・イボでお悩みの方ご来店下さい。
お悩みに応じた様々なスキンケア化粧品を数多く揃えております。

※『健康情報』などは、店主tasogareが担当。
※『スキンケア情報』などは、fuji・bijinが担当しています。

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テレビで放映されたのがきっかけで、沼津の地ビール「ベアードビール」を味わう事ができました。
豊富な品揃えに、「千夜一夜物語」ではありませんが、毎晩違う味を味わっています。
パンチの効いたビールで、個性をなくした日本のビールは人気がなくなるのではないかしら。
私たちが欲しいのは、地域の食材に合った味のビールやワイン、清酒なんです。
大衆化は無個性化につながりますので、安くていいのですが、たまには個性的なものも必要です。地方には、そんなお宝がいっぱいあります。
沼津の地ビール「ベアードビール」

主人が気に入った富士山とお天道様のラベル「Rising Sun Pale Ale」(ライジングサン ペールエール)
パンフレットには・・・このホッピーでいきいきとした爽快なペールエールは、非常に複雑ながらも、日本の美学の本質「究極のバランス」をしっかりと捉えている。いつも、どんな時でも、毎日でも飲める、時間と場所を選ばない最高のビールだ。・・・と書かれています。

ライジングサン

私が気に入ったのは、沼津ラガー。
ラベルも沼津港の風景ですし、ソフトで奥深い味わいです。
ラガーのラベル          沼津ラガー

沼津港には、たまにお寿司を食べに行く事がありますが、今度は電車で行こうかな。
アジフライとビールなんていいな。御殿場方面にはおいしいハムやソーセージもあるし。
新鮮で美味しい料理、豊かな自然、音楽、歴史文化を満喫できるのは沼津ですね。


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2012/01/22 11:51|地域情報TB:0CM:0
富士山南麓・富士市から東に位置する裾野市~御殿場~小山町まで、
ぐるりと四分の一周位を回って帰って来ました。
好天に恵まれ、美しい富士山を眺めながらのドライブでした。
富士山遠景

標高300メートル位に位置する今宮。
富士山がだいぶ大きくなっています。
標高1000メートルに位置する十里木、富士山こどもの国を過ぎ、裾野市に向かいます。
富士市今宮

小山町からの眺め。
御殿場側は雪が多いです。
小山町富士山

御殿場の自衛隊演習場は、一面の枯れススキの原です。
改めて大きな富士山を感じました。
ススキの原

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2012/01/06 18:06|fujibijinのブログTB:0CM:2
tasogare   独居(ひとりゐ)や思ふ事なき三ヶ日 by 漱石

 18歳の王貞治が入団会見で「所詮、この世は色と欲ですから」と放言して周囲を慌てさせました。しかしここで翻って考えてみれば、やや杜撰でしかも身もふたもないこうしたもの言いは古今東西、連綿とありました。
芝居のお富与三郎や人情話の文七元結などはまさに色と欲(金)が主旋律になって展開するお話です。
長きに渡って人の心をとらえるのは誰にも心当たりがある事で年月はそれを陳腐化することができないからです。
キリスト教でも「人はパンのみにて生くるものにあらず」と言いますが、逆にパンの重要性を示唆してもいます。
飢えていたら「パンが欲しい」と言うべきで、「パンよりもっと大事なものがある」などと言っては居られません。ここでカッコつけてはなりません。
宗教と政治の分かれ道にさしかかっているのです。そこで、パンがあれば必要且つ充分だと断言してしまうのが、経済決定論とでも言うべき古典的な唯物史観です。旧ソ連や中共、北朝鮮、キューバなどは基本的にこうした価値観です。パンの有り様や必要性によってその人の思想は決定されるとする理論です。
また、フロイトという人は性衝動(色欲)から人間の深層心理を説明しようとしました。唯物史観もフロイトの理論も人間の一面の真理を突くものではあってもそれだけで片づけられたらかなわんぜ、という人々も居ました。
 戦後、「荒地派」として活躍した詩人たちの一人、田村隆一はこう述懐しています。「戦前はファシズムと戦後はコミュニズムと闘ってきた」ここで、もう少しこの直観を説明する必要があります。同じ荒地の同人の鮎川信夫は戦中手記の後記でこう書いています。「あらゆるtotalitarianism(全体主義)と戦わなければ個人の自由はけっして生きることができない。国家や組織を理想化することによって、人々がむざむざ死んでゆくのを黙視してはならない。この手記を書いたときの私はもちろん好戦主義者ではないが、そうかといって平和主義の心をもって書いたとは言いがたい。戦争の悲惨は悲惨として、空想的かつ滑稽な仮定だがナチの軍隊と戦ったのなら、あの時の私なら無名戦士でけっこう満足したであろう。戦争で死んだ友人たちのことを考えると、私が生き残ったのは全く偶然である。だが、単に運がよかったとして余生を送るには、これでもまだ重すぎる心を持っていたのである。」
結核で戦地から内地へ送り返されて命拾いをした挙句、自主的に国家を再構築できない戦後を見てこう言います。「私は自分たちの世代が戦争から受けた被害というものを、けっして誇張して人に伝えようとは思わないし、また、自分の戦時中の体験を、これみよがしにひけらかそうとは思わない。戦争は悲惨で、残酷で、野蛮だという考え方も、今日では迎合的な一つの宣伝と化してしまうのである。敗戦は我が国に単に戦争は悪だという観念だけを残して過ぎ去ってしまったかにみえる。聖戦意識を裏返したような平和運動意識にこり固まっている人々もいる。もはや間違いをおかす可能性すらなくなったそれらの人たちを見ていると、私はそぞろまたファシストがなつかしくなってくるくらいだ。」
 自主独立で自前の国家を持ちえないのは、戦争に到る道筋を検証し、過去に学ぶことが未だにできていないからであり、自主憲法も靖国も従軍慰安婦も核武装も南京事件も竹島も北方領土も尖閣も戦後教育も未解決の問題の枚挙にいとまがないのは、私どもが一度も立ち止まって深く考えたことがないからだと言うよりほかはありません。
恐らく同じ過ちをこの国は、何度も何度も繰り返して行くことになることでしょう。去年の3月12日の夜、安全保安院の中村審議官は「原子炉が壊れているかもしれない」と発言して即刻更迭され、例の西村審議官に交代しました。
71年前の夏に澄田という陸大首席卒業の将官が東條陸軍大臣に、仏印(ベトナム)進駐は米英との全面戦争になるがその覚悟はあるかと問うて東條の激怒を買い、中国の奥地に左遷されて半年後パールハーバーになりました。
本当のことを言えば警鐘にはならず、自らの墓穴を掘ることにしかならないような組織は基本的にダメではないでしょうか。
 先月、ついでがあって処刑された七人のA級戦犯を祀ってある伊豆山の興亜観音にお参りしてきました。
穏やかに陽に光る相模湾を望む山の頂にある本堂にはお守りする尼さんもいて、線香をあげたり説明を聞くこともできました。
ささやかな香料をおいて山をくだりながら、果たして彼らの遺志や歴史の教訓を今のわれわれは生かしているのかどうか甚だ心もとない思いがしました。
相変わらず、今年もよろしくお願い致します。


胡蝶蘭
ゆっこちゃん50x66 夫婦ともども、よろしくお願いいたします。

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