「望月しょうせいどう」の美肌と健康情報

「皮ふは内臓の鏡」といわれます。このサイトは、家族全員「素肌美人」をめざして、トータルな健康美を提案してまいります。

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かぐや姫の手紙

Author:かぐや姫の手紙
霊峰「富士山」を仰ぎ見るJR富士駅前商店街で、薬屋を開業して105年。
「皮膚・漢方・サプリメントの専門店として地域の元気を応援しています。
自律神経失調にお悩みの方、アトピー・アレルギー・イボでお悩みの方ご来店下さい。
お悩みに応じた様々なスキンケア化粧品を数多く揃えております。

※『健康情報』などは、店主tasogareが担当。
※『スキンケア情報』などは、fuji・bijinが担当しています。

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石鹸アラカルト④ 「やさしい生活の科学」
やさしい生活の科学

石鹸の歴史は古く、特に狩猟民が獲物を火で焼いて食べた事から石鹸の歴史が始まりました。
動物の肉を焼いた際、滴り落ちた油脂を木の灰(アルカリ)が鹸化し、土にしみ込み、その土で手を洗ったら汚れがとれると気がついた、というのが発祥と言われています。
手作り石鹸、純石鹸などの言葉を聞く度に、石鹸に対して必要以上に幻想を持ってしまいそうになります。
日本人が石鹸を愛好した理由には、大の清潔好きな人種であることの他に、水が軟水で泡立ちが良かった事も重要なファクターです。
上の写真の本は、昭和32年出版のNHKラジオ放送を本にまとめたものです。
NHK信州のラジオ放送「やさしい生活の科学」上下巻は、終戦直後の昭和23年から放送されました。身近な生活全般にわたり、知っておきたい科学知識を、わかりやすく専門用語を余り使わずに話したそうです。
その筆者、桜井武平は、fujibijinの母方の祖父にあたります。長らく信州大学で化学を教えていました。
下巻収載の「石鹸の科学」は、今読んでもわかりやすく書かれています。
何回かに分けて、「石鹸の科学」をブログで紹介していきたいと思います。また生活環境が変わり、ライフスタイルも大きく変化してしまった現在、敏感になりすぎた現代人の肌に、純石鹸が良いか悪いかを判断していただく基準になれば幸いです。
ラジオ放送
(在りし日の祖父)

石鹸の科学 (一)
油の大切な用途の一つとして石鹸について検べておきたいと思う。
 昔から洗濯に使われていたものには灰汁、蛋白質、またはサポニンという植物性の成分や或る種の土(戦争中につかわれたベントナイトなどもその一例)などであるが、一方人工的に造った石鹸というものもその起源はわからない程古くから使われていたようである。我国へはポルトガル人によって鉄砲などと一緒に輸入されたらしく、「石鹸」という文字がすでに徳川時代に使われていたのでも明らかである。
 石鹸のことを昔はシャボンといったがこれはポルトガル語かスペイン語であろうと思う。昔の石鹸というものと今の石鹸と果たして同じであったかどうかは分からないが、現在普通に石鹸といっているものは、化学上では油や脂肪の成分である炭素数の比較的多い脂肪酸のナトリウム塩またはカリウム塩をいっているのである。従って油が石鹸の重要な原料であることはいうまでもないが、どんな油でもどんな脂肪でも石鹸になるかということについて少しく考える必要があるのである。それは今石鹸の定義で述べたところの炭素数の比較的多い脂肪酸というところに注意していただきたいのである。炭素数の少ない脂肪酸はどうかというと、これは同じ格好をしていても洗濯作用がないのである。それは洗濯剤というものはその分子が長いものでその一端は油と仲のよい性質をもっているものでなければということを化粧品の科学(一)で述べておいたが、炭素数の少ないことは分子が短いことを意味し、分子が短いと油と仲のよい性質と水と仲のよい性質との分かれ方がはっきりしないためであると考えられる。ではその限界はどの位かというと炭素数が12のラウリル酸C11H23COOHとなっているのである。従って油の中でも炭素数が12よりも少ない脂肪酸(酪酸の如き)を含んでいるバターなどは、食品としては優れているが石鹸の材料としては芳しくないという事になるのである。またヒマシ油のように分子の中程に水と仲のよい酸素が結びついていると(右の二性質の分離が妨げられて)事実上分子が半分の長さになったようになるのでこれからもまたよい石鹸は得られないのである。(ヒマシ油も透明な石鹸のような特殊な石鹸を作るときには他の原料に混ぜて使われることもある)

次回は、石鹸の作り方について
2007/08/28 13:16|石鹸アラカルトTB:0CM:0
行く夏を惜しんで  
お待たせしました!久々の「tasogare」氏の登場です。
今は、すっかりキレイになったプール。手前側が低学年用です。富士山もボンヤリ見える晩夏の午後。
小学校プール

以前見た映画、「稲村ジェーン」の中に「暑かったけど、短かったね、夏・・」という科白があったのを妙に憶えています。
行く夏というのは、沸騰するように熱い青春を振り返りそして惜しむ、惜春の思いの暗喩に他なりません。映画としては駄作だったけれど、甘酸っぱいメロディーと 言葉に満ちた傑作アルバムです。武満徹が傑出したメロディメーカーとして、ポール・マカートニーと並んで桑田佳祐 の名を挙げるのも、むべなるかなと思われます。

さて、幼少の頃に小学校近くには駄菓子と文房具を商う店が2軒あって、そのどちらの店にも夏になると軒先に赤いのと青いのと2種類の6尺フンドシが風になびくように下がっていたものです。
確か、低学年から5年生までが青いフンドシ、6年生だけが赤いフンドシだったような記憶があります。
赤色は最高学年の特権、権威の象徴とでも言うべきでしょうか。そして、その堂々たるフンドシの横には、物干しハンガーにぶら下がった貧しげな真っ黒けっけの超ビキニのような、黒い三角の布、▼の頂点から各々黒い紐が出ているだけの妙な水着が情けなく風に揺れていました。それは6尺フンドシを締められない貧相な1年坊主専用の紐パンだったのです。若い女性が付けたらエロティックでしょうが、1年生が着用しても周囲の失笑を買うだけのものです。
しかし、今思えば屈辱の1年間は幼い子供を少しだけ成長させる効用はあったのかもしれません。なんでも最初から人権や平等を唱えるのは良くありません。

都会から来た転勤族の王子製紙や旭化成の子弟は皆、海水パンツでた。しかし、我々地元の富士っ子?や田子っ子?は「海パンだと?坊ちゃんじゃあるまいし、そんなもんおかしくって穿けるかよ!」という雰囲気でした。それに、富士川河口には富士川太郎という人食い鮫がいて、万が一襲われたらフンドシを解いて必死で泳いで逃げれば、鮫がフンドシに気をとられている隙に「助かる」と聞かされていましたから、専らプールで泳いでいたのにも関わらず、「なんにも知らないで海パンだってよ、カワイソウに・・」と内心思っていました。それに、赤フンドシをヒラヒラさせたら鮫が怖がって「逃げる!」とも聞いていましたからそのご利益はもう絶対的なものでした。

話は水着だけでなく、実はもう一つ、1年生だけのものがありました。それは専用のプールでした。2年生からは白く輝く真新しい25mプール、1年生は背が立たないので浅く小さく古い、通称「ションべ●」プールと呼ばれていました。なぜかと言うと、1年生は意気地なしでこらえ性がない
ので、我慢できずにプールの中でション●ンしてしまうからだと言われていました。「汚ったねーなー」と我々高学年は心から蔑んでいたものです。自分には1年生であったことは無い、と思っていたからです(謎)~♪

そう言えば・・・微かな記憶を手繰ってみると。黒い三角布(▼)を着けてプールに入ったことがあります。前の三角布が水流で頼りなく揺れ一種不安な気分にさせられます。水深が浅く古いコンクリが黒っぽいので太陽熱で変に水が生暖かいのも妙な雰囲気です。それでも水遊びに夢
中になっていると時のたつのも忘れます。30分位もするとなんとなくトイレに行きたい気分もになります。
上がったら裸足でトイレかぁ、汚い、そしてまたシャワーで足洗って入るのも面倒だな・・近くには誰もいないし、少しだけなら分からないかも?沢山の水で薄まってしまえば誰の迷惑にもならない・・ええい、ままよ、もうだめだ、なんとかなるさ、いてまえ!
すると、もあもあもあっと前面部が生暖かくなり、腰の周囲に天女の羽衣がまとわりついているような状態になりました。いかん、いかん早く処理しなければ!気づかれる!大急ぎで水中歩行を始めます。羽衣は少しずつ腰の周囲から解けて行くようですが、なんとしても遅い、ダメだ、おお、そうだバックだ、バック、バック、バック、オーライっとオッとよろけた、あああああ!!!仰向けに水没した。生暖かい羽衣が顔にかかった!おおおおお、慌てて立ち上がった。
「どうしたの?なんか必死になってるよ」友達が近寄ってきた。「く、く、来るな!」ザブザブザブ
ぐんぐん遠ざかる・・・「こんなことなら素直にトイレに行っときゃ良かった・・」

それにしても、似ている・・あのもあもあもあっとした生暖かさは、オネショした瞬間に良く似てる。
トイレの夢を見て、安心して用を足すと実はそこはトイレではなくてフトンの中だった・・・
最初は暖かくて・・・(謎)~♪

締めくくりは、敬愛する荷風先生の「日本の庭」から「赤蜻蛉」を引いて読みきりとします。
「どこから来た。こんなに揃って何しに来た。死滅の冬が来る前の、麗しい10月の日光(ひかげ)の中に、お前は花の散るやうに、星の飛ぶやうに、世界の喜び悲しみに縁のない、遠い遠い島國の、この世からなる涅槃(ニルワナ)の庭の青空に、思い出の幽かなる紅の色をば閃かす。
どこから来た。こんなに揃って何しに来た・・・・・・・・と思ふ間もなく何処かへ去った。みんな揃って何処かへ去った。」

夏の夕暮れ
Nikon F nikkor 35mm f2
「富士美人」のイメージアップ作戦 
「望月しょうせいどう」HPのイメージキャラクター・レイナさんも、きっと喜んで下さるでしょう。
レイナさん
憶えていらっしゃる方もあると思いますが、今年5月に「土曜起業相談会」に行って参りました。
SOHOしずおか(静岡県中部地区SOHO推進協議会)」のカリスマ相談員さん小出宗昭マネージャーに相談し、「見せ方」の工夫をしたら良いと言う事で、ご紹介いただいた杉本剛敏先生から、「富士美人」のイメージアップ作戦の提案書をいただきました。
杉本先生からご指摘いただいた「富士美人」の有効活用を、ご紹介したいと思います

「望月しょうせいどう」のテーマは、
空高くすきとおる素肌感・日本一の素肌美人
そして、7月13日の第一回目の話し合いから、感じ取っていただいた事を「キャッチフレーズ」として書いて下さいました。自分だったら、長々と的外れで、訴求力のない言葉を書き綴っていたであろうキャッチフレーズを、的確な表現でまとめて下さいました。
有名メーカーの高いスキンケア商品だけがいいとは限りません。
大切なのは使われている成分と、お肌への使用感。
「望月しょうせいどう」は美肌の専門店として、本当にお薦めできる商品だけを厳選しまた。
使い続けるほどに、その良さを実感していただける化粧品、
それが、しょうせいどうの『富士美人シリーズ』です。

『富士美人シリーズ』の認定憲章
当店の登録商標である『富士美人』は、以下の基準で商品を選んでいます。
自然素材、無添加など、素肌にやさしい成分であること。
当店で実際に使用して、その効果を実感できたもの。
メーカー名にとらわれず、公正、中立な立場から品質を判断したもの

NO.1「富士美人」に認定したのが、このアピットジェル・・・保湿ジェル
朝晩洗顔直後に2プッシュ「富士美人」をお顔にのばすだけ!それからいつものスキンケア。
ス~・ジュワ・ウルウル・ツルツルの超微粒子保湿ジェル。
美人のヒミツは・・・この「富士美人」だったのです。
「富士美人」アピットジェル

早速、童話作家の友人薄茶アラレさんに、ファミリーユース用アピットジェル「富士美人」のイラストを描いてもらいました。
アラレさんは、今年の五月に、絵本「ヤモリのゲック」で「日本文学館」優秀賞を受賞なさった女流絵本作家です。
富士美人イラスト

No.2「富士美人」のピュアブライトエッセンス・・・美白乳液
「富士美人」No.2

No.3「富士美人」ジュレリッチ エクストラ インジュビネートトリートメント(クリーム)・・・アンチエイジング・クリーム
「富士美人」No.3

No.4「富士美人」ジュレリッチ ピュア インジュビネートエッセンス(乳液)・・・アンチエイジング・ミルキージェル
「富士美人」No.4

No.5「富士美人」ホワイトリリー アンジェラ エッセンスファンデーション・・・アンチエイジング・ファンデーション
アンジェラエッセンスファンデーション

No.6「富士美人」エクスピー ナノジェル・・・ボディー用保湿ジェル
jeru

これから次々「富士美人」が生まれてまいります。静岡ならではの茶カテキンを使った化粧品類もできたらいいなと思います。夢の様な話ですが。お茶の葉や種には無限のアンチエイジングの種が詰まっています。↓お茶の実
茶実

富士市では商工会議所が中心になって「花エコプロジェクトひまわり」を推進しています。確かに富士山に似合いそう。
ひまわり
Eos620 Carl Zeiss disutagon28mm f2.8
でも、ありふれている様にも思います。
先日、東京青山の某化粧品メーカーが、山形県の○○町から依頼され、ひまわりの油からハンドクリームを作っていますと、そのハンドクリームを持ってきてくれました。ほんのり黄色くて(ビタミンB2を少量入れてあります)感触の良いハンドクリームでした。
そのハンドクリームに茶実油を入れたら、もっとすばらしい美白系のクリームができそうです。(直感的にそう思います。)
芝川の西山本門寺・信長の首塚
久しぶりの休日、信州方面へ出かけようと家を出ましたが、お墓参りを済ませて、出発したのはいいのですが、交通情報を見て信州方面は断念。次に富士川沿いに甲府方面へ向かう道をドライブ。でも芝川付近で渋滞。仕方なくUターン!
折角おにぎりまで持って出かけたので、静かな所でのんびり過ごすため、以前にも訪れた西山本門寺へ向かいました。
この西山本門寺は1343年(康永2年)に開山され、富士五山のひとつに数えられる名刹との事です。境内には本堂、黒門、浄園坊(じょうえんぼう)大詮坊(だいせんぼう)妙圓坊(みょうえんぼう)などがあります。信長の首塚もあり歴史を感じさせるお寺でもあります。詳しい地図はこちらから。
西山本門寺

この鐘楼は、1644年(嘉永21年)築だそうです。
梵鐘

大晦日の「除夜の鐘」には、ライトアップされるそうです。
梵鐘由来

樹齢300年以上の銀杏の大木。枝には、たわわに実った大粒の青いギンナンがついていました。
大銀杏

境内左手に「信長公首塚」の案内図がありました。
信長の首塚へ1

この道標を曲がり、丁度本堂の裏側に向かいます。
信長の首塚へ2

見えてきました。近くに勢い良く流れているらしい沢の音が聞こえます。沢からの小さな流れがあちこちに。
首塚遠景

階段を登った小高い所に、大きな石碑とお堂が静かに歴史を刻んでいました。
信長の首塚

大柊の根元に一本のお塔婆が建っていました。伝説では、信長公は、ここに葬られていらっしゃいます。ヒイラギの大木は、幹だけ残りそこから沢山の枝が出ていました。写真では、ちょっとわかりにくいも知れません。
信長の首塚大柊

首塚の由来が書かれていました。
首塚の由来

参道に残る僧坊の址。本能寺を思わせる僧坊の名前です。
本能坊址

今は、杉林と下草にはシャガの群生。
 本能坊址に広がる杉林

「名将の 眠る古刹や 法師蝉」 母の句です
2007/08/12 21:46|地域情報TB:0CM:2
沼津魚河岸の寿司屋街で夕食を!
久しぶりの「鮨文」
沼津港の魚河岸付近の寿司屋街は、大好きな所です。いつもは大衆的なお店に参りますが、今回は京都からのお客様とご一緒に、静かな大人の雰囲気が味わえる「鮨文」を選びました。
以前の場所から移転し、すっかり広くきれいになっていました。(このお店は、沼津で一番と聞いています)
鮨文店内映像

まずは「刺身盛り合わせ」。新鮮な鯖のお刺身がおいしい。
ワカメも味噌ドレッシングで!私の作った梅ドレッシングに似た味でした。お味噌と砂糖と青梅を同量位混ぜて寝かせておくと、梅ドレッシングができます。
刺身盛り合わせ

非常においしかった「岩牡蠣」。大きくて甘味がありました。
岩牡蠣

お寿司は、一人前3,000円前後。玉子焼きは自家製の出し巻きでしょうね、とてもおいしくいただきました。いくらも醤油漬けで良い味でした。
お鮨

蛤の潮汁。これがすばらしいお味でした。素材の新鮮さと、塩加減のバランスが良く、す~と喉を通っていきます。
多分、体液と同じぐらいの塩分なのでしょうね。
(※塩味の加減は料理において最も重要な味つけですが、その濃度は人の体液と同じ0.9%を基礎に考えてあります。この濃度が口に含んだときにいちばん心地よいことがわかっているからです。しかし、鮨飯に含まれる塩分や、蛤のうまみ成分などを考えると、この潮汁は、もう少し塩分を控えめにしてあるように思います)
潮汁
2007/08/10 08:34|fujibijinのブログTB:1CM:0
富士山南麓の街・富士本町『甲子祭』
8月4日・5日の二日にわたって、JR富士駅前商店街の夏祭りが開催されます。
甲子神社は、この通りより一本西側になります。
お正月の初詣と夏祭りは賑やになります。先日ご紹介した平垣公園の隣りがこの神社です。
甲子様参道

この日にお参りして下さった方に、商売繁盛家内安全良縁成就にご利益のある、霊験あらたかなお札がいただけます。
甲子神社1

この神社は、この地区の氏子達にとって、心の拠り所となっています。
甲子神社2

お座敷に上げていただきました。
奥に鎮座していらっしゃる神様は、甲子の年・大正13年に、出雲大社からいらっしゃいました。
20年ほど前に、街の人達が出雲大社に参詣した時の記念写真もかかっていました。亡き父の姿もありました。
甲子神社御神体

甲子神社と向かい合ったビルの一階、ブルーの店は、9月にオープン予定のケーキ屋さん『Poli Poli』。お友達の娘さん夫婦が始めます。
Poli Poli

夕方になると、いよいよ屋台が登場します。本町の屋台です。
本町屋台

隣の国久地区の屋台。子供たちの興奮気味のお顔がかわいいですね。
国久屋台

平垣町の屋台。
平垣町屋台

屋台が駅方面に向けて動き始めました。競り合いが始まります。
沢山の屋台

木遣り道中、梯子乗り。間近で見るのは初めてです。一斉に拍手が!
木遣り道中、梯子乗り

今度は、三人で梯子乗り。支える人も緊張気味。
富士地区鳶工業連合会の「若鳶会」の方々、柳島青柳会、富士木遣り愛好会、祭保存会気組の方々のご協力によるパフォーマンス。
木遣り道中、梯子乗り

露天も賑やかです。あれ!ルーマニアの○○さん、また帰ってきたのね。日本語も上手でかわいい人です。
ルーマニアの○○さん

お店の前の大道芸人。皆夢中で見入っています。右側の店が「望月しょうせいどう」です。
大道芸

祭りのクライマックス。屋台の競り合い。
屋台の競り合い

2007/08/05 14:40|地域情報TB:0CM:3
電子マネーは誰のもの?↓PASMO・1,000店に導入の記事 日経新聞
日経新聞記事

たびたび取り上げている電子マネー
数年前から新聞の片隅に載っていたのですが、最近は大きく報道される事が多くなりました。
私どものような、地方の駅前商店街での導入は店主の誰も考えてもいないと思います。(商店主の高齢化がすすんでいる事もありますが)
しかし、これほど可能性があるカードもないのです。
今回は、先日「日経新聞」に載っていた記事(映像を載せてあります)に注目してみたいと思います。
大手のチェーンストアーは、独自のカードを作って、顧客の囲い込みを謀っています。ここに日本的な感性と大企業病を見ることができます。
また非常に排他的なところも目立ちます。JRも、北海道はKitaca・JR東日本はSuica・JR東海はTOICA・JR西日本はICOCA、九州は2009年に導入が検討されています。
北海道は航空機での移動が多く、ANAでは「EDY」を導入し、観光とタイアップが進んでます。でも乗客は絶えず移動しているのです。当然それぞれのエリアをまたいで移動します
ここ富士市はJR東海のエリアですが、同じ静岡県でも熱海からJR東日本へ切り替わります。
それぞれのカードに互換性があればいいのですが、それぞれのJRが自己主張をすると困るのは乗客です。
実際、熱海からグリーン車に乗ろうとすると、駅のホームでグリーン券を買うのに、以前でしたら現金で買えたのに、今はSuicaしか使えません。JR東海の地域で暮らしている者にとって不便を感じます。
電子マネーって誰のものでしょうか?
私たちが望むのはポイントもさることながら、公共交通とのタイアップなのです。それがなければ、何も今新しいカードを持つ必要もないのでは?
何枚も磁気カードを持てば干渉しあってしまいますので、フツーの人は、一枚か二枚でいいんですね。
SuicaやPASMO、EDYは皆ソニーのFeliCaを利用しているので、互換性があり便利です。
このところ、ちょっと気になる動きが出ています。
am/pmやファミマなどのコンビニでは、独自のカードが作れない、あるいは作らないで既存の電子マネーPASMOを導入するところが増えてきました。これは、重大な動きだと思います。(上記の新聞記事)

日経新聞社のNIKKEINET版で、こんな記事を見ました。
PASMOで得する商店街 
電子マネービジネスでは、提携関係とライバル関係とが複雑に入り交じる。
相互利用ができるSuicaとPASMOは、JR東日本と私鉄というライバル同士が提携した例だ。PASMOはSuicaに倣って作られ、Suicaとほぼ同じ規格。電子マネーの決済ではSuicaのシステムに依存して、Suica側に手数料を支払っている。そのため「関東の私鉄がSuicaの軍門に下った」という報道もあったほどだ。またPASMO側も、サービス開始後、多くのユーザーはSuicaを使うと予想していた。
ところがふたを開けると、PASMOは在庫が足りなくなって販売制限をするほどの成功を収めた。これは、Suicaを使っていてもPASMOを新しく持つユーザーが多かったのが理由だ。
東急グループの店では、PASMOの電子マネー決済額がすでにSuicaを上回っている。「私鉄沿線の住民は、SuicaよりもPASMOへの支持が厚い」(東急電鉄)。東急電鉄の駅内では、PASMOでの決済額が15%を占める店や、25%を占めるPASMO対応自動販売機もあるという。
Suicaの電子マネー利用件数も、PASMO効果で跳ね上がった

その一方でSuicaの電子マネー利用件数も、PASMO効果で跳ね上がった。電子マネーとしてのSuicaは、1日当たりの利用件数が今年2月で約42万件。だがPASMO効果により、4月には約58万件に増えた。相互利用により、どちらの電子マネーも成功したのだ。
 Suicaは08年3月をメドに、JR西日本のICOCAと、電子マネーとしても相互利用開始予定。将来的にJR東日本は「利用件数を1日400万件まで増やしたい」と語る。
Suica、PASMOが普及すると、実は駅前商店街が得をする。!

来年は、この地区にもPASMOが導入されます。JR東海はSUICAを使えませんが、熱海から東京方面や関西もSUICAが使えます。PASMOとSUICAは互換性がありますので、ぜひ持っていたいカードです。東京や大阪へ出張が多いので便利です。
駅中、駅前商店街にとって電子マネービジネスは、結構魅力的なものですが、地方では「駅」や「駅周辺」の商業的価値が低いため導入には慎重になってしまうのが現状です。典型的なクルマ社会である地方では、鉄道系電子マネーの成功モデルが描きにくいのです。公共交通を担っているバスも同じです。
電子マネーの実現と加盟店展開には多額な投資が必要になりますが、最近では安価なものも登場しています。↓下の新聞記事をご覧下さい。            日経新聞7月10日

公共交通は、福祉事業となってる地方の現状。しかし、バスも運用の仕方で赤字を減らせるのではとの声もあります。バス路線の見直しと改善がなければ、電子マネーも無に等しくなってしまいます。
電子マネーPASMOの導入を目前にし、公共交通・駅・ビジネスを結ぶ活性化案も検討すべき時が来ていると思います。
友人のブログも参考になさって下さい。たなけーさんの「富士を見上げながら

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