「望月しょうせいどう」の美肌と健康情報

「皮ふは内臓の鏡」といわれます。このサイトは、家族全員「素肌美人」をめざして、トータルな健康美を提案してまいります。

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かぐや姫の手紙

Author:かぐや姫の手紙
霊峰「富士山」を仰ぎ見るJR富士駅前商店街で、薬屋を開業して105年。
「皮膚・漢方・サプリメントの専門店として地域の元気を応援しています。
自律神経失調にお悩みの方、アトピー・アレルギー・イボでお悩みの方ご来店下さい。
お悩みに応じた様々なスキンケア化粧品を数多く揃えております。

※『健康情報』などは、店主tasogareが担当。
※『スキンケア情報』などは、fuji・bijinが担当しています。

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虚構と真実    tasogare・・・望月しょうせいどう店主の独り言・・・

 大人になるといつも本当の事を言えば良い、というものでもない事を知る。本当の事を言えばそれによって傷つく人もいれば、自分が恐ろしく不利な立場に立つ場合もあるからだ。
しかし、そんなことを学習する過程が大人になることだとしたら、時々はそんな流れに逆らってみたくなる時もある。墓穴を掘っていることに気が付いていても穴を掘ることを止められないことがあるように。
文芸評論家の江藤淳は「閉ざされた言語空間」でこんなことを言っている。「昭和44年の暮から53年の晩秋まで、私は毎日新聞に文芸時評を書いていた。それは三島由紀夫の自裁に始まり、繁栄のなかに文学が陥没し、荒廃して行った9年間だったが来る月も来る月も、その月の雑誌に発表された文芸作品を読みながら私は、自分たちがそのなかで呼吸しているはずの言語空間が奇妙に閉ざされ、かつ巧妙に拘束されているというもどかしさを感じないわけにはいかなかった。いわば作家たちは虚構のなかでもう一つの虚構を作ることに専念していた。」
世の中は高度成長とバブルの絶好調へと突き進む好景気だったが、江藤の目には文学は陥没し荒廃していくようにしか映らなかったし自分の存在する空間は閉ざされていて、自由に見えるが実は巧妙に拘束されているように感じられてもいた。
それは何故なのか、その正体はいったい何なのか。

 日本は敗戦直後から占領軍の検閲とあらゆる印刷物の発行と電波による放送は自主規制という名の言論統制下におかれていた。戦前は軍国主義の暗黒時代で日本は間違っていた。悪い日本は正しいアメリカ軍に敗けて「良かった」のだ。とでもいうような幻想がありとあらゆる機会に流布されていた。
一体、戦争に良い戦争と悪い戦争などあるものだろうか。だから天皇制や時の政府の批判は自由だが占領軍に対する批判は巧妙に封印されていた。この不自然さが虚構であり、批判を許さない雰囲気が我々を拘束しているのではないか、と江藤は感じ、考えた。
この占領政策の象徴が戦後の平和憲法であった。歴史はシーソーゲームのように傾いたりバランスしたりするのに、一方に傾いた瞬間にだけそれを静止画に描き、壁にピンで留めるようなことは矢張り無理がある。
第一、自分の国が負けて良かったなんてどのツラ下げて言えるというのだ。私は戦後教育の劣等生として改めて戦後教育に疑問を呈したい。

近所の気になる木。紫陽花の開花前に一際目立つ赤いブラシのような花。
ブラシノキ
ブラシノキ(学名:Callistemon speciosus)は、フトモモ科ブラシノキ属の常緑小高木。別名、カリステモン(本来は属名のラテン名である)、ハナマキ(花槙)、キンポウジュ(金宝樹)。

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tasogaretasogareの独り言 「固有時との対話」 アインシュタイン

一般に、絶対的な時間の推移と違って、移動する時間系の中や歪んだ空間の中では固有時を設定すると普遍的な観測ができると言われています。アインシュタインが「私は宇宙に時計をばらまいた」と言った所以です。

 2011年3月11日の大震災と津波で福島第一原発は甚大な破壊を蒙りました。震災の記憶、原発事故の記憶はこの固有時の中では決して風化することはありません。吉本隆明の1952年の詩編「固有時との対話」にはこんな記述があります。
「建築は風が立ったとき搖動するやうに思はれた その影はいくつもの素材に分離しながら濃淡をひいた 建築の内部には垂鉛を垂らした空洞があり そこを過ぎてゆく時間はいちやうに暗かった
わたしたちは建築にまつはる時間を まるで巨大な石工の掌を視るやうに驚嘆した 果てしないものの形態と黙示をたしかに感ずるのだった」

まるで原発事故の現場に立ち会っているかのような臨場感を覚えます。吉本は震災の翌年の3月に亡くなりますが、かつて「反核異論」を書いて物議を醸したように死の直前「反原発異論」を残しました。物書き、詩人であるまえに科学者であった吉本は黙ってはいられなかったものと思われます。
 基本的に科学技術は前にしか進みません。間違った仮説なら検証の後、否定されます。様々な検証を経て、間違いを振り払いつつ不可逆的に前進しかしないのが技術です。決して後戻りはしない。
100年程前から人間は核分裂のエネルギー利用や放射線による透視などを実現してしまいました。今回の原発事故は核分裂の制御に問題があった訳では無く、放射線物質や放射線の遮蔽に問題がありました。ですから原発をやめるのではなく安全な原発を目指せと吉本は主張しました。
飛行機は落ちる。落ちるから飛行機をやめて船に乗り換えるのではなく、飛行機の落ちるリスクを極力減らすのが技術の進歩、科学の進歩への挑戦です。だから「原発を止めればサルになる!」と言った。市民活動家や平和運動家の顰蹙を買いましたが事実には間違いありません。
ダムを見ればわかるように自然エネルギー利用は自然破壊です。少しもエコではないのに自然エネルギーはエコだということになっています。この分野には非効率にもかかわらず莫大な補助金や公的な資金が投入されています。なにやら利権のにおいがするのは私だけでしょうか?

風力発電

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tasogare
藤圭子が亡くなった。最初、ウエッブ上の新聞社のサイトでその記事を読んだ時、病死か事故死だと思った。
やがて朧気ながら詳細が分かってくると一気に学生だった70年代、藤圭子が一世を風靡していた頃が思い出されて切ない気持ちになった。
日本人形のような端正な顔立ちとは裏腹なドスの効いた声の歌には一片の感傷もなく、虚無的な雰囲気を湛えていて聞く者の肺腑をえぐる凄味さえあった。
 
 学生時代には、外国語が少しできたので小石川にある製薬会社の薬効臨床室でアルバイトをしていた。
世界中の論文のサマリーを訳して関係のありそうな論文を拾って、当時の厚生省に再評価を申請する下拵えをするのが仕事だった。会社での直接の上司が労をねぎらって時々池袋の飲み屋に連れていってくれた。
行きつけの飲み屋にその上司は藤圭子のLPを預けてあって、随時レコードはリクエストにより掛けられた。酔ってくると俯いたままジッと上司が聞き入っていたのが今でも思い出される。臨床室では一番のキレ者で通っていたその上司の誇らしげな明るい昼間の顔からは想像もできない、暗いというか人をよせつけないような顔になっていた。
人には様々な顔があって当たり前だという事をその頃初めて知った。

五木寛之は藤圭子の歌は、「演歌」ではなく「怨歌」だと言ったが、ウラミという他者がないと成り立たぬような性格のものではなく、自律的というか排他的というか、他者との関係性とは無縁の地平から投げつけられるマニフェストのように私には聞こえる。
「何処で生きても ひとり花  何処で生きても いつか散る」
赤貧洗ろうが如しとでも言うべき極貧のなかで育ち、成功してからは肉親との縁が薄かったようだ。
高杉晋作は「貧しさは分かち合うことができても、富貴はそれができない。」と言ったが将にその通りの晩節だった。デビュー後に「父ちゃんを殺したいこともあったよ。」と述懐していたこともあると言う。

宇宙のブラックホールのように全てを飲み込んでしまうような暗くて深い闇。あるいは虚無。
藤圭子は2013年8月22日の午前7時頃に虚空に向かって飛出し自死して果てた。
「もうすぐ始発の汽車が来る お別れね そう さようなら さようなら」


藤圭子レコードジャケット
「藤圭子 ゴールデン・ヒット・デラックス16」 レコードジャケットより

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tasogare  店主 tasogareのブログ

7月29日、櫻井よしこが理事長を務める国家基本問題研究所の月例研究会、「日本再建への道」のゲスト、麻生太郎副総理の発言が問題になりました。
いわゆるナチスの手口に学ぶという発言がちょっとした騒ぎになりました。最初、このニュースをNHKで聞いたときに、妙な違和感がありました。麻生さんは「女に参政権を渡したのは間違いだった」とか「アルツハイマーでも分かる」とか、酒場の与太話のような発言というより放言で顰蹙を買い、基本的な漢字を誤読したり兎角、批判されやすいキャラクターではあっても今のご時世、ナチスを称揚するような発言をすればどのような波紋を呼ぶか位の小学生レベルの常識はある筈だと考えていたからです。
何かがおかしい、と思い「日本再建への道」での発言を調べてみました。
すると驚くべきことにスピーチの意図は報道と正反対だったことがわかりました。少し長いですが、発言の一部を載録してみます。

 「改憲は単なる手段だ。目的は国家の安全と、安寧と国土、我々の生命、財産の保全、国家の誇り。狂乱の中で決めてほしくない。落ち着いて我々を取り巻く環境は何なのか、この状況を良く見て下さい、という世論の上に憲法改正は成し遂げるべきだ。そうしないと間違ったものになりかねない。(略)靖国神社も静かに参拝すべきだ。お国のために命を投げ出してくれた人に、敬意と感謝の念を払わない方がおかしい。いつからか騒ぎになった。騒がれたら中国も騒がざるをえない。韓国も騒ぎますよ。だから、静かにやろうやと。憲法はある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね。わーわー騒がないで。」

 手口という言葉を使わずに「失敗」という言葉を使っていたら低レベルの悪意ある讒言に足許をすくわれずに済んだかも知れない。
発言のあった29日の翌日、共同通信は「憲法改正でナチス引き合い」として「あの手口に学ぶ」という所だけを拡大して、あたかもナチスに学んでこっそり憲法改正を成し遂げようとしているかのように全世界に向けて発信した。
その尻馬にのって翌31日の朝日新聞では天声人語、社説、社会面を総動員して麻生太郎をナチス信奉者に仕立てあげ、大キャンペーンを張った。
白を黒、黒を白と言い含め、杜撰さからか故意にかそのニュース・ソースを検証もせずにマスコミのネット・ワークに乗せて世界中に発信した。既得権益で守られていながら嬉々として利敵行為に励む日本のマスコミに戦慄する他はない。どうやら私どもは、テレビもラジオも新聞も信用できない暗闇に棲む深海の魚のようにになってしまったのかも知れません。


真実の口
真実の口は、しっかりと見ていますぞ!

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潜水艦

tasogare博多の漢方薬の集会のついでに、かねてより念願の呉を訪問した。
生憎、台風16号の余波で時折強い風と雨が断続的に吹き付ける中、広島で「のぞみ」を下りて、
呉線に乗り換え快速で呉を目指した。
呉駅

代々の連合艦隊長官や多くの将兵もこの鉄道で港に向かったのだなと思うと、自分も歴史の一コマに臨んでいるような錯覚に陥った。
勝ち目の無い戦をまた死に場所を求めるような大和の最後の出撃をどんな気持ちで迎えたのだろうか、
と激しくガラス窓を打ちつける大粒の雨をながめながら思った。
なにをどこでどう間違えて310万人もの犠牲者を出すような事態に立ち至ったのか。
そんな大事なことも未だに検証は出来ていない。

例えば、東日本大震災で起きた原発事故を見ればよく分かる。
安全性を確かめて許認可を与える安全保安院も、原発の安全性を担保する安全委員会もあの大事故の後、誰一人責任をとっていないのを見れば納得せざるを得ない。
デジャ・ビュ。のみならず、震度6で全ての原子炉は破壊されたのに耐震設計をし直すことも
耐震補強もせずに原子炉は再稼働された。

歴史にもしもは無いから、もう一度あの戦争の意味を考え尽くすことに未来があるように思う。


戦艦大和
~大和ミュージアムにて~

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