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空飛ぶ浮世絵師 五雲亭貞秀

2011年9月の日経新聞に掲載された五雲亭貞秀の浮世絵に感動し、大事にファイルしておきました。
富士山が文化遺産に登録間近になり、ふと思い出して新聞を出してみました。
安政4年(1857年)、三島宿から由比まで東海道の宿場を一望し、富士の南には浮島が原の湿原と富士沼が広がっている絵図。
今から150年前には、私たちの住む富士山南麓は大湿地帯を含む豊饒な土地だったと推察できます。

スーパービュー

ウィキペディアで見た航空写真と比べても五雲亭貞秀の絵図の精密さがよくわかります。
富士・愛鷹・駿河湾

富士山が文化遺産に登録される事が決まったようですが、自然遺産だったらこの地区を入れてほしいと感じています。
この浮島が原の大湿地帯は自然の宝庫です。
富士山が信仰の対象となったのは、噴火などの自然災害もありますが、豊饒の山だったからではないでしょうか。
水瓶として清い水を提供してくれるので、枯れることのない水が作物を育て、森林が豊かな海を育ててくれています。
この浮島ヶ原湿地帯は富士市の宝です。

五雲亭貞秀の絵図、クリックすると大画面でご覧いただけます。
箱根より富士を望む

貞秀の絵は、余りに精密すぎて出版店の鼻つまみ者になっていたという話です。
明治になっても変わりゆく横浜、東京の文明開化を細密な筆で描き続けたそうですが、写真の台頭と供に役割を奪われて、歴史の波の中に埋もれてしまったそうです。
貞秀の情熱が再び人々の目を奪い、感動を呼んでいます。
150年前の人々の視点から、現代に生きる私たちにメッセージを送ってくれているように思います。


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[ 2013/05/10 11:37 ] fujibijinのブログ | TB(0) | CM(0)

タマネギで美肌に!

玉ネギがピラミッドを作った!?

タマネギ  ピラミッド
古代ギリシャの歴史家ヘロドトスの著書「歴史」には、ピラミッド建設に従事した労働者の食事に、スタミナ源として毎日玉ねぎが支給されていたことが書かれています。
しかし当時は、玉ねぎが高価だったため、ばく大な出費になったとか。
私の大好きなキャベツもモロヘイヤもエジプト原産ですので、ナイル川の恵みが現在も脈々と生きています。

■玉葱について
体質別食生活実践マニュアル本。
食材の正しい摂り方と調理法など、とても役立つ一冊の本があります。
梁 晨千鶴(りょう こうせんかく)著「東方栄養新書」(メディカルユーコン社版)
東方栄養新書

下記の表をご覧ください。体質相性の表に△がついています。
玉ネギ
△の意味は、次の通りです。
タマネギはピリ辛味(辛)で身体を温める作用と、気を昇らせる作用を持ちます。
生は軽く発汗させる作用や、肌の老廃物質を吹き出すさようがあり、肌の美容に良いのですが、
その性質により体に余分な熱がこもりやすいので、もともと熱っぽい「肝陽抗盛」や「陰虚」の方は控えめに。
いつものぼせ気味だったり、体や火照ったりする方は、食べ過ぎは気を付けてください。

エジプト美人【肌の天然美容品】として注目されているタマネギ
◎栄養素の上手な採り方
 タマネギ辛みを軽減するために、水につけたりして生で食べるのは一般的な方法ですが、そうすると有効成分のアリシンは減ってしまいます。
余り長く水につけないようにしましょう。春先のタマネギは辛みがあまりありませんので、水につけなくてもおいしくいただけます。
また、炒めものの最後にタマネギを加えると良いでしょう。
タマネギは肌のシミに良く、特に生のままで食べると効果的です。

     【話題の栄養素】
カリウム・・・カリウムの利尿作用によりむくみを消す効果があります。

アリシン・・・タマネギの辛みにはアリシンという成分が含まれています。アリシンはビタミンB1の吸収を高め、新陳代謝を促進して体力をつける作用を持ちます。
また、胃の消化を助け、食欲を増進させる作用もあります。さらに発汗作用もあり、皮膚の毛穴の老廃物を吹き出させ、肌の新陳代謝を促進します。
そして最近、アリシンは発がん物質を肝臓で分解する酵素の働きを助ける作用もあることが分かりました。加熱するとアホエンになります。

ケルセチン・・・フラボノイド類で抗酸化作用があり、血圧降下の効果もありますが、タマネギのきつね色の皮に多いのでケルセチンを摂るなら皮も一緒に煮る方がよいでしょう。
・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
<朝の食卓に、おいしいタマネギサラダはいかがですか?>
辛みのない新タマネギを薄くスライスして、今が旬のスナップエンドウ(茹でてさましておきます)、ラデッシュを塩で辛みを取り、絞ってからビニール袋に入れてバーモン酢でもモミモミするとおいしい。
全部混ぜてトマトを飾ります。これで4種(4色)の野菜が摂れます。
このサラダは、写真右側の、日本オリーブ社製「地中海風ドレッシング」が合います。
「望月しょうせいどう」で販売しております。200ml 750円
 
玉ねぎサラダ    日本オリーブ地中海風ドレッシング

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[ 2013/04/26 10:33 ] 美肌レシピ | TB(0) | CM(0)

富士根北中学校のカタクリの花

小雨降る3月25日、知り合いの方の車で富士根北中学校脇のカタクリの群生地に連れて行っていただきました。
一度は行ってみたかったので、大感激でした。

カタクリの群生地   富士根北中のボランティアさんたち
遠目には枯葉が一面に敷きつめられた感じ・・。 富士根北中のかわいいボランティア女学生さんたち

カタクリの花2
よく見ると、可憐なカタクリの花。
この日は、曇っていて肌寒く、こんな風に花は閉じてうつむいています。

カタクリの花1
丘陵地の上の方は、花が開いてきていました。
もう少し陽が当たれば、クリッと花弁が開くのでそうね。
友人のやまぶどうさんのブログには、開花した映像が載っていました。
「やまぶどうの徒然日記」カタクリの花①⇒ 
                   カタクリの花②⇒

富士根北中学校パンフレット

ボランティア女学生さんたちが配っていたパンフレットです。
富士根北中では、カタクリ保護活動をしたり、フォレストセイバー(森林保護)活動を総合学習で取り入れ、
また、地元に鎮座している「村山浅間神社」の富士山入山式に参加。
毎年1年生の男子が水垢離を、2・3年生男子の一部が修験者姿になり護摩炊きの体験をするそうです。
地域の歴史をしっかり学ぶ姿には、感銘を受けました。


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[ 2013/03/26 11:33 ] 薬用植物 | TB(0) | CM(2)

「わが心の富士山」絵手紙展(in富士市交流プラザ)

富士市交流プラザ二階ホールで、「富士山の日記念・絵手紙展」を開催しております。
富士市交流プラザ

富士市交流プラザエントランス
一階フロアーには図書館、二階は会議室や音楽会なども開催できる大きなホールもあります。

交流センター二階
さあ、お二階へどうぞ!
車椅子でも大丈夫。エレベーターも完備しています。

絵手紙1.
作品の数々。
あなたの作品も見つかるでしょうか?

絵手紙2


絵手紙3


絵手紙4

絵手紙5
望月順子先生の絵画教室の子供さんたちの絵。いつも色使いがいいですね。

絵手紙6

絵手紙7

絵手紙6


絵手紙7


絵手紙8


絵手紙9

絵手紙10

また、来年開催できますように!


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[ 2013/03/20 15:48 ] 富士本町おかみさん会 | TB(0) | CM(0)

富士市本市場「かさ守稲荷」(いぼ神様)

一度お参りしたかった地元の「いぼ神様」とも言われる「かさ守稲荷」。
たまたま義母を車椅子に乗せ歩いていると、赤い幟がたっていましたので縁日のようでした。
調べてみると、二月の二の午の日には、かさ守稲荷さんを奉じ、お赤飯を配る慣わしがあると、「ふるさとの昔話Ⅱ」に書かれていました。
本市場公会堂
本市場(もといちば)公会堂のすぐ脇に、きれいに整備されたお社が鎮座していました。

本市場かさ守稲荷
幟には「瘡守稲荷」と書かれています。
瘡とは、皮膚のできもの、はれもの、傷をした時のかさぶたの事ですが、かつては天然痘なども指していたようです。
考えてみれば、夏目漱石も然り、明治16年生まれの祖父の話では、天然痘で顔にあばたが残っている人がかなりあったそうです。全国に瘡守稲荷があるのもうなづけます。

かさ守稲荷沿革
小さな境内の中の立て看板に、いわれが書かれていました。

かさ守稲荷
お賽銭を入れ、足元を見ると見慣れない光景がありました。

かさ守稲荷の白石
沢山の白い石が入った箱がありました。
家に帰って調べてみると、300年ほど前にこんなことがありました。

~本市場の旧東海道から、米の宮浅間神社へ行く道で、方源寺の東側に、赤い鳥居の小さな神社がありますが、土地の人々は「かさ守神社」と呼んでいます。
皮膚病やいぼができて困っている人が、この神社にお祈りすると、奇妙に全快すると、昔からの言い伝えがあります。

・・・今から300年ほど前のことでした。一人の旅の武士が、米の宮神社の参道に腰を下ろして、苦しんでいました。近所の人が「どうかしましたか?」と近寄ってみると大変な熱で、はれものが痛むということでした。そこで近所の人たちは相談して、近くに小屋をたてて、そこで静養させました。三度の食事は近所の人たちが交代で、病人の好きなものを作ってやりました。
病人は葱ぞうすいを一番好みました。後に間の宿(あいのしゅく)本市場で、葱ぞうすいが名物になったのは、これが原因だということです。
 村人たちの手厚い看護にもかかわらず、旅の武士の病気は重くなるばかり。
ある日旅の武士は、村人に、「私は西国のある大名の家来ですが、江戸上野の天王寺の横にある“かさ守稲荷”というのは、大へん霊験あらたかで、私のような病気にかかった者が、この神様にお祈りすると、かならず全快すると聞きました。私もこの病気にとりつかれてから数か月になり、何としても江戸の“かさ守稲荷”におすがりしたいと念じ、やっとここまでたどりつきまして、皆様のお世話になったのでございます。おかげさまで今日まで生きながらえてきましたが、もう私の病気は全快はおろか、明日の命さえわかりません。
 しかし、私は昨夜不思議な夢をみました。実は、その夢というのは・・・・」と、涙ながらに語った夢は、次のようでした。

痛みとかゆみをこらえて、しばらくまどろんだと思うと、夢の中に女神があらわれて、
『そなたの病気は、今が一番重いときであるが、けっして気を落としてはいけない。そなたはまことに信心深い心の正しい武士だ。そのりっぱな心がけにめんじて、病気全快の方法を教えよう。第一に日頃からそなたが信仰している“かさ守稲荷”に、一心に祈りなさい。つぎは、室の中に白い石をいっぱい敷きつめて、その上に寝起きしなさい。病気の熱はその石がすいとって、病はやがて全快するであろう。」と言われました。わたしはハッと目がさめてあたりを見回しましたが、その女神の姿はありませんでした。

夢の話をきいた村の人々は、さっそく田子の浦の海岸まで行って、沢山の白い石を拾ってきて床にしきつめ、その上に病人を寝かせました。するとどうでしょう。病は日一日と快方にむかい、数日後には歩けるほどになりました。
旅の武士は裏の小川で身体を清め、村人たちに、「おかげでこんなに回復しました。これから江戸へでて、“かさ守稲荷”に参拝して郷里へもどります。」と、ていねいに礼をのべて、江戸をさして旅立っていきました。何日かすぎて、ふたたび本市場へ立ち寄った武士は、元気で一段と気品の高い武士の姿になっていました。
「皆様の親身もおよばないお世話のおかげでこんなに丈夫になりました。これも一重にかさ守稲荷のご慈悲です。」と言いながら、ふところから取り出したのは、かさ守稲荷のお札でした。
「江戸のかさ守稲荷さんから、ご神体をお分けしてもらってきました。どうかここに祠を建てて、おまつりして下さい。きっと村の皆様をお守り下さるでしょう」と言い残して、西国へ帰っていきました。
村の人たちはさっそく、そこへ小さな祠(ほこら)を建てて、かさ守神社と言いました。そして祠の前に白い石を敷き詰めました。

その後、皮膚病やいぼがあって困っている者が、この神社にお祈りし、白い石を借りて行って、その石で病気のところを一心になでると、たちまち病気が全快しました。そしてもう一つ白い石を浜から拾ってきて、二つにしてお稲荷さんにお返ししたと言うことです。   鈴木富男編 『富士市の伝説と昔話』より

道祖神
お社の隣には、こんな可憐な石造が置かれていました。

このお稲荷さんの白い石の中にはなさそうですが、漢方でも白い石(石膏)を使います。
生薬としての石膏は、解熱作用や止渇作用などがあるとされています。石膏を含む漢方方剤には防風通聖散(肥満などに使われます)、桔梗石膏(扁桃炎や咽頭炎)など多数あります。


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